人生の舵をとるのはあなたです
 
 
健康――長寿と歯の関係
確率的に、歯が悪いと健康で長生きはできないと、長年、多くの患者さんを診てきて実感しています。

単に長命なのと長寿なのは全然違います。
口と歯の健康と長寿の関係に気付いて、ケアしていくかどうかで人生がまったく変わっていきます。歯医者さんに行くのがおっくうで、むし歯になっても何とか痛みをやり過ごして、結局歯がボロボロ…という方をよく見ます。食べる楽しみを半減させ、痛みをがまんして生きる人生が本当に幸せでしょうか?

病気を予防して、健康で、心身ともに元気で長生きしたければ、歯を大事にしてください。悪いところがあればちゃんと治しておかなければ、悪くなる一方です。子供さんであれば、早くから矯正などで顎と歯の発育をちゃんとしておくことで、姿勢が良くなり、集中力がついて勉強だってできるようになりますし、歯のケアを子供のころからしっかりしていれば、銀歯を入れることも、将来歯で苦労することもなくて済みます。

しかし、多くの人は、歯と口の健康がどれほど全身の健康や長生きに関係しているか、という全体像が見えていません。だからお金をかけてきちんと歯を治す意味が希薄なのだと思います。

すごい高級な車に乗っているのに、歯が抜けたままでも平気という人がいたりして、長い人生を楽しもうと思うなら、将来のことを考えるなら、お金のかけ方が少し違うのでは…と思ってしまうこともあります。歯科医として良心に従って、誠意をもって説明に時間をかけ、いい材料を使ってていねいな治療を心がけていても、必ずしもそれを評価して、それを良しとして患者さんが私のところに来てくれているわけではないのです。

患者さんが「たかが歯だから」といって歯の大切さを軽く考えていたり、「早くて、安くて、近ければいい」と考えていることも、本当にいい歯科医療を目指そうとする気持ちを挫折させ、手抜き治療の採算重視に向かわせてしまっているのかもしれません。このことは、患者さんのために、健康のために歯科医として誇れる仕事をしたいと願っている者にとってはとても悲しいことですが、それ以上に、あなたにとって、日本の医療にとって、大変憂慮すべき問題だと思います。

「たかが歯一本くらい、なんでもいいからさっさと安く治療してくれ」という患者さんのお手伝いをするのは、歯の治療によってその人の健康、将来までが変わってしまうことを知っている歯科医にとって難しいものがあります。できるかぎり時間を使って、とことんお話しをし、その場しのぎの処置ではなく、あなたにとって一番良い治療を考えていきたい。あなたのお口のトラブル、悩み、つらさ全てを解決してあげるつもりで私は歯科医をやっていますから、5分や10分では治療できるはずがありません。

患者さんにまず歯の健康の大切さをわかってもらうこと、それが歯科医として一番苦労するところかもしれません。健康のために運動したり、食事に気を使う人はたくさんいますが、口の中が「健康」「衛生的」というには程遠い人が本当に多い。

歯は、齢をとれば悪くなり、抜けてしまうものだと思っている人、歯は痛くなければ、少々不自由でも何とか噛めればよいと思っている人、歯ぐきが腫れて血が出てもあまり気にしない人、歯が汚なくても平気でいる人など、日本人の歯は非常に悪く、ひどい状態です。先進国の中でもずば抜けて悪いと言えるでしょう。


私が、あなたの生活習慣を変えることはできません。あなたの人生の舵を取るのはあなたです。
「生活習慣病」という名前の通り、病気の原因があなたの生活習慣や食習慣に関係しています。そして、その生活の根本にあるのが、あなた自身の認識にあるのです。患者さん自らが意識を変えていかないと、真の健康は得られません。いくら一生懸命私が説明しても、あなた自身に価値を見つける眼がなければ、医者の仕事というのは無力なのです。

それとは反対に、たった一つの出来事が気付きをもたらし、180度人生を変えてしまう例もたくさん見てきました。あなたが変わろうとすれば、人生は変わります。生活習慣やライフスタイルが変われば、健康度も将来も当然変わっていくでしょう。あなたの意識がかわるだけで、人生はどのようにも変えることができるのです。

ですから、治ろうとしない患者さんを治すのは難しいです。歯の治療はできても、その人の生き方までを変えることはできないからです。どんな治療をしても、患者さん自身の意識や健康観が変わらなければ、一時的な回復はできでも一生涯を通じた健康維持は望めません。

私たちとの出会いがきっかけになって、自分から治ろうとする前向きな気持ちを持ってもらうことは、医療者の大切な役割だと痛感しています。患者さん自身が本当の自分の願いを再発見したときに、本当に自分のためになる歯科治療を必要としてくれるだろうし、医療者と患者が同じ目線で、素晴しい経験をするはずだと信じています。

健康は大事だと、誰もが言うでしょう。それなのになぜ自分の歯を大切にできないのでしょうか。あなたは最近、歯医者さんに検診に行きましたか?あなたは、歯を大切にしていると言えますか?


「よく噛む」ことは、健康長寿の秘訣
歯ぐきがやせて歯を失うと、食生活が変わっていきます。ごぼうやれんこんといった食物繊維を知らず知らずのうちに取らなくなってしまいます。

日本に比べて欧米で大腸ガンになる確率が高いのは、食物繊維が少ないからだと言われています。食生活が欧米人並になると共に、日本人にも大腸ガンが急激に増えてきています。また、歯周病に関係しているといわれる糖尿病なども、歯周病菌だけではなく、噛めなくなることで食物繊維を取らなくなって、食物から得る糖分が一度に胃に吸収されてしまい、血糖値が急激に上昇して糖尿病を発症したり、病状に悪影響が出たりすると言われています。

丈夫な歯がそろっていて機能する、きちんと噛めるということは、ただ「食べる」という役割にとどまらず、生命の維持や、生活習慣病防止にも大いに関係しているのです。食べ物をよく噛むと、唾液の分泌を活発にして食べ物の消化を助けるだけでなく、唾液腺から分泌されるホルモンが細胞の劣化を防ぎます。噛むことで、脳や自律神経も適度に活性して、認知症などを防止しているのです。 調査によれば、入れ歯を入れた人が認知症を発祥することが多いという統計が出ています。齢をとっても自分の歯がちゃんとそろっている人は、そうでない人よりもかかる医療費が少ないという結果も出ています。

食べるだけでなく、歯で「よく噛む」という行為自体が、老化を防ぐ最善の手段なのです。歯が悪くなれば固い物を食べなくなったり、噛む回数が少なくなるので、咀嚼(そしゃく)運動が低下してしまいますが、それはただ単に食べ物が食べにくくなるだけの問題ではなく、健康や生命活動に関わる非常に大事なことなのです。


失ってしまうのは、歯だけではないのです
歯が痛くなったら歯医者に行けばいい?歯が抜けたら入れ歯にすればいい?
今、健康だと思っている人には想像もつかないかもしれませんが、とんでもない誤解です。ある程度進行してしまったむし歯は二度と治ることはありません。抜けてしまった歯は、二度と元にはもどりません。それがどれほど不自由なことになるか。健康を害することになるか。健康な歯を失うだけ、ではないのです。

「歯なんかお金がもったいなくて治せない」と言っていた患者さんが、その半年後に倒れました。往診に行ったのですが、ご家族にも「間に合わせの治療でいいです」と言われました。その患者さんは、その後、3ヶ月くらいで亡くなられました。あの時、きちんと口の中を治せていれば、倒れて亡くなられるようなことは防げたのではないかと思ってしまいます。

60代後半の患者さんに、「歯を治せる時にしっかり治しておかないと、手遅れになってしまいますよ」という話をしました。けれども、「車を買ったばかりだから歯なんて治す余裕がないといって当院の駐車場でも車を磨いていたのが印象的でした。やはりその方も半年後くらいに倒れてしまい、麻痺が残ってしまいました。当然、大好きな車にも乗れなくなったわけです。それでもヘルパーさんに連れられて来院していましたが、治療が終わらないうちに来なくなってしまいました。

こういったことがあってから、一生懸命歯の大切さを分かってもらおうと患者さんに説明するようになりました。

80歳を越えているのに20本以上自分の歯が残っている患者さんは、皆さん笑顔がよく出るし、とても健康で若いです。歯が命なのは、芸能人に限ったことではありません。誰しも歯を命だと想って大切にしてほしいと願っています。あなたが90歳でも60歳でも30歳でもいくつでも、あなたの価値は変わりません。あなたが何歳でも、健康で良かった、元気で良かったと思える人生を送って欲しい。私は歯を通して、その手助けができれば幸せなのです。

歯科医の限界

 

 

明るい人生を取り戻した患者さん
81歳でインプラントを希望した患者さんがいました。年齢的なものもあるので、今までの入れ歯よりは噛めるように、別の入れ歯の治療をしました。確かに前よりは噛めるようになったのですが、やっぱりインプラントをしたいということで、インプラント治療をしました。昔のように食べ物を噛めるようになったのがよほど嬉しかったらしく、「黒砂糖を噛んで食べられるよ」とか「とうもろこしの芯まで食べられるよ」と笑顔で報告してくれました。だんだん肌にもハリが出て、「髪も増えてきたよ」と、ニコニコしながら話してくれました。それまでは普通食が食べられずミキサー食でつらい思いをされてきたのが、家族と同じ食事ができるようになり、見違えるような笑顔を取り戻されたのです。

また、こんな患者さんもいらっしゃいます。
30代後半の患者さんで、精神的な問題を抱えていたこともあって歯を大事にできず、どんどん歯が折れていって、とうとう噛むところがなくなってから当院に来られました。ボロボロになった口の中を再構築する治療からはじめ、だんだんと噛めるようになってから、すごい変化が現れてきました。患者さん自身が明るくなり、自律神経系が大きく関わる精神的な問題も改善していったようでした。
その後、彼女のお父さんも来院され、インプラントデンチャー(インプラントを使った入れ歯)にして、自分の歯と同じように噛めるようになりました。最後の治療の前日に大好物なのにこれまでずっと食べられなかった「たくあん」を冷蔵庫いっぱいに買ってきて、他の食品が入らない!と笑いながら話してくれました。

分かりますか?大好物のたくあんを冷蔵庫一杯に買ってきて、ほかの食材が入らない!と言って笑い合えることが、どれほどこの家族にとって幸せなことか。ささいなことかもしれませんが、そんな小さな喜びの積み重ねが人生そのものであり、患者さんの喜びが、私たちにとってはかけがえのない幸せなのです。

 

噛むことの意味
歯や歯ぐきが健康で、よく噛んで食べることができるというのは、大変重要な意味と役割がたくさんあります。

口はすべての入り口ですから、まず口の中でよくかんで唾液を出すことで、有害物質を分解し、毒物の
 解毒をする役割があります
唾液に含まれるアミラーゼは消化酵素として消化作用を助けます
ガン細胞をやっつけてくれる、抗ガン作用があるといわれています
口の中を中性に保つことで、有害菌、むし歯菌、歯周病菌が増殖するのを防ぎます。また口の中の洗浄
 効果があるので、口の中の状態も当然よくなります。(口の中を中性に保つ緩衝作用があり、口の中が
 酸性に傾くとむし歯になりやすくなります。)
よく噛まないと顎の骨も溶けて退化し、もろく、薄くなってしまいます。入れ歯の老人の顎のレントゲン写真
 をみればそれは一目瞭然です。よく噛むことで骨の働きを正常化し硬組織を強くします
よく噛むことで頭の血のめぐりをよくして、脳の働きを活性化します。噛まなくなることと認知症が関係が
 あると言われています。
全身の末梢血流を増加させ、手足の体温も上昇します。ゆっくりよく噛んで唾液を出すことで、副交感
 神経優位の状態になります。
よく噛むことで少量の食事でも満腹中枢に働きかけるので満腹感が得られダイエットにもつながります。
 このように、よく噛むことで、体にとても有益な唾液がたくさん分泌されます。
唾液にはパロチンという若返りホルモンが含まれていて、アンチエイジングには大切な働きをしていること
 も最近は注目されています。

良い歯でよく噛むことが私たちに豊かで快適な長寿社会をつくることは間違いないと思います。逆に言えば、ほとんどの人が歯と口の健康を見落としているか、重要に思っていないという現状はとてももったいないことだといえるでしょう。そこのところを一人ひとりが意識して変えていければ、歯医者はもっと人の役に立ついい仕事ができるのだと思います。